日本一たい焼
今日21日(月)は夏至。
二十四節気の1つ。北半球では昼が最も長く、反対に夜が最も短くなる日です。梅雨真っ盛りの時期、長雨のうっとうしい日々、いかがお過ごしでしょうか…

メタボのたい焼き

先週土曜日19日。奈良県の山辺の道、桜井付近を走行中、大きな鯛の看板が目に入った。駐車場も広くコンビニのように入庫しやすい。店内に入ると、お客さまが3組待っていた。美味しそうな匂いに誘惑され、小豆あんと白あんを注文することにした。

お店の正面がガラス張りで、焼き上がりを待つ間、職人さんのたい焼き作業が見えます。注文を受けると、型に丁寧に生地を流し込む(たい焼きの金型が一般的なものとは違う)、型の表面に満遍なく生地を薄く塗りつけてから、小豆のつぶあん(粒餡)をしっぽまでしっかり詰めて、上から少なめの生地で覆います。出来上がった鯛焼きはベルトコンベアーで運ばれて、女性店員さんまで流れてきます。 

焼き上がったたい焼きは、お腹があんでふっくらとして「メタボの鯛」のようです。 早速、車の中で頂くことにしました。 皮は薄くてパリッとした食感、あんは甘からず胃にもたれないアッサリ感、種類は、小豆あんと白あんにカスタード。「1匹150円」ですが、満足感から比べると決して高くはないと思います。
幻の名城 「安土城跡」
織田信長が天下統一の拠点の城

八日市大凧まつりの帰りに、能登川水車から田園風景を眺めながら、日本100名城の安土城跡に立ち寄る。100名城と言えば天守閣(天主閣)のあるお城めぐりを優先してきましたが、意外や、安土城跡は幻の名城と言われただけの城跡でした。「入城料大人:500円」

料金所を通ると、大手道は直線で約180m程あり、両側に石敷の側溝があり、道幅も8mと広く主郭部につながっています。 短期間の築城で石が足らなかったのでしょうか? 大手道の石段のところどころに石塔・石仏が使われていました。また大手道の両側を伝豊臣秀吉邸跡、伝前田利家邸跡、さらに上部にも、徳川家康、織田信忠・信澄や森蘭丸ほか信長の家臣達の屋敷跡が立ち並んでいます。

信長はこの城に自分の全てを表現すべく独創的な発想を用い、天主内部は自身の思想を取り入れ、彼独特の趣味で彩った造りで、3年後に天主は完成した。山頂に 46mの五層七重の天主を抱く姿は、訪れたキリスト教宣教師を「ヨーロッパの建築に優るとも劣らない名建築」と驚かせた。それから3年後の1582年(天正10)信長は本能寺の変で、明智光秀の謀反で非業の死を遂げる。(49歳)弔いの山崎の合戦で、明智光秀が羽柴秀吉に敗れると、明智残党掃討のため城下に火を放ち、城にまで燃え広がり天主も焼け落ちてしまった。(完成後わずか3年)豪華絢爛な安土城は、短命な幻の名城となってしまった。

現在、安土山は昭和初期の干拓により四方とも陸地になっていますが、当時は三方を内湖が囲み、琵琶湖を外堀とした壮大な城でした。安土山は全山、宛寺と個人の持ち物だそうです。平成元年から、20年掛けて発掘調査を継続中です。

住所:滋賀県近江八幡市安土町下豊浦 安土駅前観光案内所 TEL:0748-46-4234
[ 旅と散策2010年5月30日 安土城跡 ]
きんし丼
秘密のケンミンSHOWで紹介

先日、近江八幡市へ行く途中に「きんし丼」を食べに立ち寄った。名神高速道路京都東ICを下車して、国道1号線を大津方面へ約5分。1号線沿いにある「逢坂山関所跡公園」を左折したところにあります。
営業時間は午前11時より。11時過ぎに入店すると、既にテーブルの半分は埋まっていました。ホント「テレビ」の影響って凄いですね…


本店(個室)とレストラン部門があり、本店は席代10%が必要です。本店の方がゆったりくつろげますが、私はレストランでいただきました。注文は、もちろん「きんし丼」お吸い物(肝吸いか湯葉吸い)漬物付き(1,730円)。浜松産のうなぎ丼の上に、錦糸玉子ではなく、大きな京風のだし巻き(玉子三個分) がのった人気メニューです。注文してから約15分(鰻やだし巻きを焼くのに時間がかかったのかなあ…)。運ばれてきた丼の蓋を開けると、あまりの出し巻きのボリューム感に、うな丼(うなぎも少ない)と言うよりも出し巻き丼といった感じです。

逢坂山「かねよ」 住所:滋賀県大津市大谷町23-15 TEL:077-524-2222

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