現状に満足せず、新しいことに「トライ」
今年も残りわずかとなりました。このコラムも年内最後となります。12月に入り、お客様や取引先などに送る年賀状の内容について、あれこれ考えていました。毎年、私が考えていたのですが、どうしても同じようなデザインになってしまって、変化がありません。そこで、今回は社員たちにアイデアを出してもらい、自由な発想で年賀状づくりをしてもらうことにしました。

思えば、2009年の年賀状に「 100年に1度の金融危機が到来しました。今年も当社にとりまして厳しい1年になりそうです」と書いていたのですが、本当に厳しい1年でした。ただ、9月ごろからようやく明るい兆しが見えてきて、何かが変わりはじめてきたように感じます。その要因として、社員の意識がこの1年でずいぶん変わってきたことが大きいと思います。日常の業務の中で、社員それぞれが自ら目標を決め、行動に移し、その結果を分析し、見直しを行うというサイクルが徐々にできつつあるようです。この流れのまま新年は飛躍の年にしたいです。

さて、年賀状づくりのほうですが…。いろんなアイデアを出し合った結果、社員全員の似顔絵入りの年賀状となりました。総勢7人の「関西保険七福神」(福の神軍団)が誕生しました。制作段階で、自分の似顔絵に対してクレームをつけるなど大変でしたが、私だけが実物に最も近く、社員たちはかなり美女美男に仕上がっています。

七福神は、幸福をもたらす神様として古くから信仰の象徴とされています。恵比寿天、大黒天、毘沙門天、弁才天、福禄寿、寿老人、布袋尊で構成され、その功徳は 「七難即滅 (七つの災難がたちまち消滅し)、七福即生(七つの福がたちまちやってくる)」といわれ、人の世に幸せをもたらす福徳授与の神様たちです。社員全員でお客さまのために「七難即滅、七福即生」ができるよう頑張りたいです。

当社は来年、創業 35周年を迎えます。干支の「寅」にちなんで、現状に満足することなく、新しいことに「トライ」していく1年にしたいです。そして、不景気を吹き飛ばしたいと思っております。
はじめてのクリスマスプレゼント
この冬一番の寒波に見舞われた日本列島
 
週末、身内に不幸があり、通夜と告別式に夫婦で参列しました。告別式で最後のお別れに奥様が棺にとりすがって泣き崩れ「お父さんありがとう」と何度も繰り返す言葉に故人の優しい人柄が伺えました。突然すぎる死に、運命と片付けるにはあまりにも短い 63歳の生涯でした。さぞかしご遺族の皆様は無念だったことと思います。私もその光景を見て悲しみをこらえていましたが、すすり泣く声が周りから聞こえてきます。

今まで考えもしなかった事について想いを巡らせ「自分の時は、どうだろうか?」私は常日頃、心の中では感謝しているつもりですが、言葉に出すのが照れくさくて、つい言いそびれてします。「優しくなければ、誰からも愛されない」今は優しい人になるために努力しています。そして、自分の中で何かが少しずつ変わり始めているかもしれません。

一日早いクリスマスプレゼント
 
23日(祭日)。妻を誘って京都・高島屋に出掛けることにした。目的は、妻へはじめてのクリスマスプレゼント。インターネットで調べて、女性が欲しいクリスマスプレゼントランキング、1位 「アクセサリー」、2位 「バッグ」、3位 「洋服」 となっていたので、クリスマスプレゼントは指輪と決めていた。以前、娘に頼んで指輪を買って来てもらったことがあったのですが、手を振っただけで指輪がすっぽ抜けるのでサイズ直しの必要もありましたし、デザインもあまり気に入っていなかったようです。 

今回は夫婦一緒に店に行って、指のサイズを合わせてから、迷いに迷った末に、やっとシンプルな新作デザインの指輪を奮発した。予算はかなりオーバーしたが、久し振りに妻の喜ぶ顔を見る事ができた。帰りにお店で紅茶とケーキ、一日早いクリスマスイブでした。
日本の名水100選「古和秀水」
石川県輪島市門前町鬼屋の古和秀水は標高が 220mの付近にあり、一車線程の狭い山道を曲がりくねること20分、一際広い駐車場にたどり着いた。駐車場が広いだけでなく休憩所やトイレもあり、湧き水周辺もきちんと整備されています。公園周辺は紅葉の木々が彩り、立っているだけで心が澄んで穏やかな気持ちになりました。

古和秀水は高尾山の中腹から湧き出す名水で、瑩山禅師が龍神のお告げによって知らされたという霊水です。總持寺のお茶の水として大切にされてきたこの水は、総持寺開祖が龍神より賜った水といわれ、奥能登で唯一名水百選に選ばれています。湧水の硬度は約36であり水温が約11〜13℃湧水量は1日あたり約90㎥で、小規模ですが年間を通して枯れることはないそうです。近郷の人々から仏前の献水やお茶の湯の水として愛用され、延命長寿の水として愛されています。

古和秀水の由来
 
与助の家は貧乏で働いても働いても暮らしが楽にならなかった。ある日、与助は山仕事帰りにこの水を飲み、何杯も飲んでいるうちにほろ酔い機嫌になった。お金も無いのに酔って帰る父を不思議に思った息子が仕事帰りの父親の後をつけて自分もその水を飲んでみたが、それはただの水だった。息子は思わず「親は酒々子は清水(しゅうど)」とつぶやいたという。この話を聞いた禅師様が「古和秀水」というめでたい字にされたそうな。

[ 旅と散策2009年11月21日 能登半島ドライブ ]

▲PAGE TOP

カレンダー
S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< December 2009 >>
にほんブログ村 旅行ブログ 旅日記・旅の思い出へ

最近のエントリー
カテゴリー
スポンサー・サイト
ブログ内を検索


過去のエントリー
LINKS
PROFILE
モバイル
OTHERS