富士五湖 紅葉めぐり
秋の富士五湖

11月17日(木曜日)。今日は朝から好天に恵まれ、富士山がくっきりと見えました。旅行二日目の行程は、山中湖(下車観光)⇒河口湖(もみじまつり)昼食⇒河口駅から富士山ビュー特急乗車⇒「富士山駅」下車⇒西湖(車窓観光)⇒精進湖(車窓観光)⇒本栖湖(本栖湖越しに富士山を臨むと、千円札裏面の絵柄のモデルとなった富士山の景観が楽しめます。)⇒奥浜名湖温泉(泊)


富士河口湖もみじまつり

色鮮やかな紅葉に染まった河口湖北岸で開催。みどころはゆっくり、ゆったり、心を癒す「もみじ回廊」。周辺は飲食やお土産、クラフト市などの出店で賑わっています。日没からは、ライトアップも行っており、写真撮影のスポットとして有名な「紅葉トンネル」はおすすめです。

[ 2016年11月17日 富士五湖紅葉めぐり ]
世界遺産「軍艦島・端島」
9月2日(水曜日)曇り時々雨。
旅行五日目、早朝に嬉野温泉を出発し長崎自動車道を走る⇒長崎伊王島港(乗船)10:05発⇒軍艦島上陸⇒高島港(石炭資料館)⇒伊王島港(下船)⇒長崎中華街ランチ⇒眼鏡橋⇒小浜温泉経由⇒雲仙温泉(泊)本日走行距離約150km。

明治日本の産業革命遺産

「軍艦島上陸クルーズ」に参加(午前便)。
長崎半島から西に約4.5Km、長崎港から南西に約19Kmの沖合に浮かぶ軍艦島は、正式名称を端島(はしま)といいます。南北に約480m、東西に約160m、周囲約1.2Km、面積約63,000m³の小さな海底炭鉱の島で、塀が島全体を囲い、高層鉄筋アパートが立ち並ぶ外観が、軍艦「土佐」に似ていることから「軍艦島」と呼ばれるようになりました。

長崎市の軍艦島(端島炭坑)と産業革命遺産が「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」2015年7月に世界文化遺産登録に登録されました。

[ 旅と散策2015年9月2日 軍艦島・端島 ]
[ 旅と散策2015年9月2日 長崎観光・雲仙温泉 ]
名勝「三保の松原」
羽衣の松と富士山を望む

名勝「三保の松原」は、静岡県静岡市清水区に位置し、清水港から駿河湾に突き出した三保半島東岸に広がる三保松原は、万葉の昔から知られた景勝地で、霊峰富士を仰ぎ、松林の緑と打ち寄せる白波、海の青さが織り成す風景は一幅の絵のようです。平成25年(2013)6月、ユネスコによる富士山の世界文化遺産登録の構成資産に認められました。

ここの松原には、天女が衣を枝にかけて水浴びしている時、漁師が衣を取りあげ、返す代わりに天女の舞を披露してもらったという天女の羽衣伝説で知られる「羽衣の松」があります。樹齢650年に達するというクロマツで、四方に形のよい枝を伸ばしています。また、羽衣の松の右手には、謡曲「羽衣」を舞踊化したフランスのバレリーナ、エレーヌ・ジュグラリスの碑が立っています。「日本三大松原と・日本の白砂青松100選」

[ 旅と散策2015年8月6日 三保松原 ]
世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」
木骨と赤レンガ造りの建造物群

富岡製糸場は明治政府の依頼でフランス人ブリュナが指導し、明治5年(1872年)に建設されました。当時最大の輸出品は生糸でした。質の悪い生糸が大量につくられる粗製濫造問題がおき、日本の生糸の評判が下がってしまいました。明治維新後、政府は日本を外国と対等な立場にするため、産業や科学技術の近代化を進めました。そこで政府は生糸の品質改善・生産向上と技術指導者を育成するため、洋式の繰糸器械を備そなえた模範工場をつくることにしたのです。

見学料大人:1.000円、ガイドツアー200円。周辺有料駐車場あり。
※平成26年6月世界遺産に登録。

[ 旅と散策2015年8月2日 富岡製糸場 ]
熊野三山の一つ「熊野速玉大社」
熊野三山は紀伊山地の南東部にあり、「熊野本宮大社」「熊野速玉大社」「熊野那智大社」の三社と「青岸渡寺」及び「補陀洛山寺」の二寺からなり、「熊野参詣道中辺路」によって相互に結ばれています。三つの神社は、個別の自然崇拝に起源を持つが、神仏習合の影響を受けて「熊野三所権現」として信仰されるようになりました。

熊野速玉大社

2月10日(日曜日)晴れ。
熊野速玉大社は、熊野三山のひとつとして全国に祀る数千社の熊野神社の総本宮です。今から約二千年ほど前の景行天皇五十八年の御世に、熊野三所権現が最初に降臨せられた元宮である神倉山から現在の鎮座地にお遷りになり、これより神倉神社の「旧宮」に対して「新宮」と申します。平成16年7月7日「紀伊山地の霊場と参詣道」として、世界文化遺産に登録されました。

住所:和歌山県新宮市新宮1番地‎ TEL:0735-22-2533
[ 旅と散策2013年2月10日 熊野速玉大社 ]

神倉神社

新宮市の西方、千穂ケ峰の南端に位置する神倉山。538段もの急峻な石段を上ると、大きなゴトビキ岩がある。この巨石が古くからの御神体で、古代から神の依代、神の磐座として敬ってきた。祭神は高倉下命と天照大神だ。1400年もの歴史を誇るお燈祭りが行われる神社としても有名で、毎年2月6日に、白装束に荒縄を巻いた2000人もの上り子(男性のみ)が松明を手に急な石段を駆け降りる。新宮節に「山は火の滝、下り龍」と歌われるほど、豪快な火祭りです。
注>石段は急な傾斜になっているので、運動靴など歩きやすい履き物が必要です。

住所:和歌山県新宮市神倉1-13-8
[ 旅と散策2013年2月10日 神倉神社 ]
那智山にそびえる那智那智大社と青岸渡寺
1月13日(日曜日)晴れのち曇り。
南紀の旅・二日目の予定は、朝風呂に入り朝食を頂き、朝9時には旅館を出発した。 途中、串本町にある奇岩群「橋杭岩」、古式捕鯨発祥の地「太地町」に立ち寄る。
白浜温泉から約2時間後に、南紀熊野の世界遺産「熊野古道大門坂、熊野那智大社、青岸渡寺、那智の大滝」を巡る観光コースです。

熊野古道大門坂と熊野那智大社

熊野那智大社、那智山青岸渡寺、那智の滝といえば、那智勝浦の定番観光コースです。その手前には杉並木に囲まれた石段の「大門坂」を途中まで上ります。(大門坂入口の手前にある「大門坂駐車場」に止め、大門坂まで歩いてきます。)
更に自動車で上がると、(無料駐車場アリ)熊野那智大社・那智山青岸渡寺への参道の石段が見えます。かなり長い石段ですが、参道の土産店など覗きながら登っていきます。

朱色の鳥居をくぐると、鮮やかな朱塗りの社殿が目を引きます。熊野那智大社にお参りを済ませ、右方向に歩いて行きますと、すぐに那智山「青岸渡寺」です。(西国三十三カ所観音巡りの第一番礼所)本堂先には、朱塗りの三重の塔と那智の滝が一枚の絵のようです。

那智の大滝

青岸渡寺から滝方面へ石段を下ると、飛滝神社(那智の大滝)の境内入口。鳥居をくぐり更に石段を下ると那智の大滝が見えてきます。絶壁を切り裂くように落下する滝は高さ133m、滝幅13m、滝壷の深さ10m以上。毎秒1t以上もの水量は「日本一の大滝」にふさわしい迫力です。「日本三大名爆のひとつ」


※2011年の台風12号水害で被災した、熊野那智大社の別宮・飛瀧神社(那智の滝)周辺の災害復旧工事が行われています。

][ 旅と散策2013年1月13日 大門坂・熊野那智大社 ]
[ 旅と散策2013年1月13日 那智山・青岸渡寺 ] 
[ 旅と散策2013年1月13日 別宮飛瀧神社・那智の滝 ]
紀伊山地の霊場と参詣道
10月21日(日曜日)晴れ。週末はお天気に恵まれて絶好の行楽日和となりました。
平成16年7月に世界遺産に登録された。大阪府と和歌山県の境にある、紀伊山地の霊場と参詣道の高野山町石道の起点となる、慈尊院と丹生官省符神社、丹生都比売神社を訪ねた。

慈尊院と丹生官省符神社

古くから女人高野として名高い九度山町の名刹、慈尊院の門をくぐると高野山町石道が始まります。弘法大師の母君は晩年、讃岐国よりここに移り住み、高野山は女人禁制であったため、山下のこの地より高野山の開創を見守ったといわれます。
境内奥の石段を上ると慈尊院の守護神、丹生官省符神社に至ります。石段の途中右手に百八十町石五輪卒塔婆がひっそりとたたずんでいます。

[ 旅と散策2012年10月21日 慈尊院 ]

高野山町石道

高野山町石道は高野山参詣の祈りの道、癒しの道。紀ノ川平野から山上の聖地に至る表参道です。9世紀の高野山開創以降、高野山建設の木材や石材の多くは紀ノ川の水運を利用して九度山町の慈尊院から運ばれました。このとき弘法大師空海によって開かれた道には木製の卒塔婆が建てられ、高野山への道標の役割を担う。これが高野山町石道の起源です。

かつては、町石そのものが信仰の対象で、一つ一つの町石に拝礼し般若心経を唱えながら聖地に向かったそうです。多くの庶民や時の為政者の名が刻まれる町石の歴史に思いを馳ながら、森の自然を楽しみました。

[ 旅と散策2012年10月21日 丹生官省符神社 ]

丹生都比売神社

慈尊院から丹生都比売神社へは、自動車で約30分。特産の富有柿の畑が連なる道路沿いをドライブ、紀ノ川より紀伊山地に入り標高450mの天野盆地「天野の里」に神社は位置します。

丹生都比売神社が創建されたのは、今から1700年前と伝えられ、神社の境内には国重要文化財の楼門、本殿があり、神仏習合の信仰で栄えた往時の面影をたどってみるのもよいでしょう。

[ 旅と散策2012年10月21日 丹生都比売神社 ]
沖縄最高のパワースポット「斎場御嶽」
沖縄には御嶽と呼ばれる聖地のパワースポットが数多く存在します。その中でも最高霊場と言われ、最もパワーがあるとされているのがここ斎場御嶽(セイファー)です。

琉球王国最高の聖地

南城市(旧知念村)にある史跡。15世紀-16世紀の琉球王国・尚真王時代の御嶽であるとされる。御嶽(うたき)は、琉球の信仰における祭祀などを行う施設である。「セイファー」は「最高位」を意味し、「斎場御嶽」は「最高の御嶽」ほどの意味となり、これは通称である。3つの拝所が集中する最奥部の三庫理(サングーイ)には「チョウノハナ(京のはな)」という最も格の高い拝所があり、クバの木を伝って琉球の創世神であるアマミクが降臨するとされる。なお、三庫理からは王国開闢にまつわる最高聖地とされている久高島を遥拝することができます。「入場料金大人:200円」

緑の館:沖縄県南城市知念字久手堅270-1 TEL:098-949-1899 
[ 旅と散策2011年6月26日 斎場御嶽 ]
宇治「平等院鳳凰堂」
宇治川散策

5月7日(土)晴れ。藤の花が見頃を迎えている宇治・平等院に、7年ぶりに訪れましたが、GW期間中はいつもより多くの観光客で溢れていました。平等院に咲く藤の花は地面に枝垂れて、優雅な藤の香りを辺りに漂わせていました。7年前と比較して「藤棚再生計画」で、元気を取り戻したようです。また宇治川周辺には、興聖寺、世界遺産「宇治上神社」など、見所がたくさんあり散策にはうってつけです。

鳳凰堂と藤棚

平等院の藤棚は、樹齢200年以上の「ノダフジ」で、観音堂の横の300屬涼に4株あり、毎年4月末から5月上旬にかけて香り豊かに花開きます。創建した藤原家の家紋が藤であり平等院のシンボルでもあります。また平等院境内には、5月につつじ、6月から蓮の花が咲く阿字池、平等院ミュージアム鳳翔館など見所はたくさんあります。
「拝観料:600円+鳳翔館・平等院ミュージアム含」

住所:京都府宇治市宇治蓮華116 TEL:0774-21-2861
[ 旅と散策2011年5月7日 平等院と藤棚 ]
GW京都ぶらり散歩道
世界文化遺産「上賀茂神社」
4月29日(祝日)晴れ時々曇り。2011年のGW初日は「安・近・短」で過ごすことにしました。京都市内の人気観光スポットを避けて、自動車が混まない穴場スポットを紹介します。京都市西京区嵐山にある山吹の花が見頃の「松尾大社」、嵐山渡月橋を通り越し、京都市右京区嵯峨の「愛宕念仏寺」、世界文化遺産の「上賀茂神社」に立ち寄り、昼食は京都市左京区岡崎の六盛「手をけ弁当」を食べてきました。

松尾大社の山吹

松尾大社は、年末になると拝殿に大絵馬を掲げる事でも有名です。年賀状に使う大絵馬の干支の写真を撮りに何度も来た事があります。
また関西屈指の山吹の名所としても知られ、境内には約3000株が植えられています。川面に垂れ下がる満開の山吹は見頃を迎えていました。お勧めは、奧の庭園「松風苑」に咲いている珍しい白い山吹の花です。

住所:京都市西京区嵐山宮町3 TEL:075-871-5016 
「庭園拝観料:500円(宝物殿入館料含む)・駐車無料」
[ 旅と散策2011年4月29日 松尾大社 ]

千二百羅漢の愛宕念仏寺

嵯峨嵐山にはふたつ念仏寺があります。ひとつは「化野念仏寺」もうひとつは「愛宕念仏寺(おたぎねんぶつじ)」です。愛宕念仏寺には、千二百羅漢があり、嵯峨野めぐりの始発点になっています。古来より火伏せの神様として 信仰を集めている愛宕山参道のふもとにあるお寺です。境内の苔むした羅漢像を見ると歴史を感じ、また羅漢像の表情もひとつひとつ異なり眺めていると時間が経つのも忘れてしまうほどでした。

住所:京都市右京区嵯峨鳥居本深谷町2-5 TEL:075-865-1231
「拝観料:300円・駐車無料」 [ 旅と散策2011年4月29日 愛宕念仏寺 ]

世界文化遺産 賀茂別雷神社「上賀茂神社」

平安京の守護神と崇められ、伊勢神宮に次ぐ社格をもち、国家の重大事には何かと頼りにされた社である。建ち並ぶ平安建築の社殿など、2棟が国宝で、41棟が重要文化財です。境内は緑あふれた広大な敷地で、一の鳥居から二の鳥居までは、賀茂競馬などの五穀豊穣の神事が行われる開放的な芝生となっており、毎年5月15日に行われる葵祭では、京都市内を平安装束に身を包み進む行列が、まさに王朝絵巻を彷彿とさせます。

住所:京都市北区上賀茂本山339 TEL:075-781-0011 
「拝観自由・駐車30分毎 100円」 [ 旅と散策2011年4月29日 上賀茂神社 ]
山肌がピンク色に染まる吉野山
今年最後のお花見は吉野山の千本桜
4月17日(日)晴れ。当日は朝早く出かけたのですが、満車のため臨時駐車場(吉野川の河川敷)にとめる「駐車代:1500円」。無料シャトルバス「中千本行き」は長い行列でいっぱいです。今年見納めの満開の桜と、世界遺産数々の社寺を訪れてきました。

吉野山の千本桜

千本桜で知られる奈良県の吉野山は、約3万本のシロヤマザクラが見ごろを迎えていました。山肌は淡いピンク色に染まり、中心街の金峯山寺蔵王堂周辺は観光客が溢れ賑わっていました。今年は例年より1週間ほど開花が遅れたようで、ふもとの下千本、中千本は満開で見ごろ。上千本は7分咲きで、山頂に近い奥千本は間もなく開花を迎えるようです。
 
吉野山で修行を積んだ修験道の開祖・役行者が、桜の木に蔵王権現を刻んだとの言い伝えがあり、吉野山の桜は約1300年前から神木として保護されてきました。信者らの献木によって徐々に植樹され、現在の姿になったそうです。

[ 2011年4月17日 下・中千本桜と吉水神社 ]

上千本桜と吉野水分神社

今日は暑い、急な上り坂に息を切らせる。中千本から約1時間、額に汗をかきながら、やっと世界遺産「吉野水分神社」に辿り着く。 この付近が「上千本」です。吉野水分神社は水の分配を司る神をまつり「子守明神」とも言われている。元は吉野川畔とも青根ヶ峰山頂にあったとも伝えられているが、こぢんまりとした神社で、お社が庭を取り囲むように立っているので、社殿の軒先に座り、庭にある枝垂れ桜を眺めていました。吉野水分神社の下に、花矢展望台があり、吉野の街の全貌が見え、はるか金剛・葛城を遠望することが出来ます。

吉野山観光協会 TEL:0746-32-1007  
[ 2011年4月17日 上千本桜と吉野水分神社 ]
[ 2011年さくら情報 ]
金峯山寺「蔵王堂」
師走に入り紅葉も落葉へ
12月4日(土)晴れ。紅葉も落葉も寒さの訪れの早い山から始まり、紅葉のピークも終わりを迎えていました。サクサクと音をたてながら落ち葉を踏みしめて歩くのも気持ちが良いものですね。観光客もめっきり少なくなり駐車場もがら空き状態で無料。

秘仏の「蔵王権現像」が特別公開

平城遷都1300年祭の一環として、2010年9月1日からの100日間、吉野山「金峯山寺」の国内最大級の秘仏の御本尊「金剛蔵王権現像」が特別公開され「百日特別開帳」が12月9日までなので、あわてて参拝に行ってきました。期待通りの感動が体験できました。

中央の像が釈迦如来、向かって右の像が千手観音、左の像が弥勒菩薩、過去・現在・来世の三世に渡ってご守護いただく三体の蔵王権現様です。通常は秘仏で拝観できません。近年では、吉野・大峯の世界遺産登録を記念して、2004年7月から翌年6月まで開帳され、6年ぶりの長期ご開帳となっていました。蔵王権現様の前に座り住職からの説明を聞き終えると、近くで蔵王権現様にお参りをしようとしましたが、蔵王堂内部は長蛇の列だったので諦めました。

金峯山寺の蔵王堂

蔵王堂は、7m余の秘仏本尊・金剛蔵王権現が三体安置されています。現在の建物は天正20年(1592年)頃の再建です。重層入母屋造り、桧皮葺き、高さ34m、四方36mという巨大な木造の建物であり、桧皮葺の建物としては世界一の大きさを誇る第一級の国宝建造物に指定されています。蔵王堂の拝観料は「大人:1.000円」護摩木にストラップとエコバックのおみやげが付いています。

[ 旅と散策2010年12月4日 金峯山寺・蔵王堂 ] 
「法起寺」周辺のコスモスが満開
16日(土)晴れ。法隆寺の近くにある、世界文化遺産「法起寺」の周辺は、のどかな田園風景が広がり、地元の人が休耕田を利用して作ったコスモス畑が点在しています。法起寺の三重塔と辺り一面に咲き誇るコスモスとの対比により、素晴らしい景観となっています。

聖徳宗「法起寺」

法隆寺と同じく斑鳩町にある法起寺には、飛鳥時代に建立された、現存する日本最古の三重塔があり、国宝に指定されています。1993年12月にはユネスコ世界遺産にも登録されました。この寺は推古14年(606年)に聖徳太子が法華経を講説されたという岡本宮を寺に改めたものと伝えられており、太子が建立した七ヶ寺の一つに数えられています。塔と金堂の位置は法隆寺とは逆になっており、法起寺式伽藍配置と呼ばれています。

この日は、コスモスが満開に咲き乱れていました。この場所は以前ネスカフェのCMで使用され、コスモス畑の中を黄色の帽子をかぶった幼稚園児が先生に連れられて歩くシーンが撮影されたそうです。三重塔とコスモスが秋の青空に映え、写真を撮る人、スケッチをする人、散歩をする人など様々な人が訪れる秋を満喫しています。「拝観料大人:300円」

住所:奈良県生駒郡斑鳩町大字岡本1873番地 TEL:0745-75-5559
[ 旅と散策2010年10月16日 法起寺とコスモス ]
平城遷都1300年祭
平城京の歴史文化を体験

5月15日(土)快晴。2010年は、日本の本格的な首都「平城京」が誕生してから 1300年にあたります。これを記念して奈良県内の各地では「平城遷都 1300年祭」が開催されています。メイン会場の平城京跡ではイベント「春季フェア・花と緑のフェア」(4月24日〜 5月9日まで)など各種イベントが開催されており、混雑を予想してイベントを外して 15日に電車で行くことにしました。近鉄大和西大寺駅からは無料のシャトルバスも運行しています。 

第一次大極殿

平城宮跡の玄関には、正門である「朱雀門」があり、その真北約800mには「第一次大極殿」、東方面には天皇の宴遊場である「東院庭園」が建つ。平城京跡会場は、甲子園球場の約30倍の広大な敷地のど真ん中を近鉄電車が横切って走り踏切もあります。会場移動には高齢者・障害者を優先に「ハートフルトラム」が運行しています。第一次大極殿が一般公開(無料)されており、堂々とそびえる、正面約44m、側面約22m、高さ27mの朱色の柱44本、屋根瓦約97000枚を使った平城宮最大の宮殿です。 

天井の高さ約7mの内壁には四神や十二支の動物が描かれ、中央には天皇が着座した「高御座」が再現されています。また、天平衣装でなりきり体験の出来るイベントや展示などが盛りたくさんです。 

平城宮跡は、西暦710年に、藤原京から遷都された平城京の中核です。当該宮跡地は、当時の天皇の住居や政治・国家的儀式を行う場として、学術的に貴重な価値を有することから、国の特別史跡に指定されるとともに、1998年、平城宮跡を含む「古都奈良の文化財」がユネスコの世界遺産に登録されました。 

平城京歴史館・遣唐使船復原展示

アニメーションなどを駆使して、遣唐使の歴史や渡航の様子がドラマチックに再現される「遣唐使シアター」や、続日本紀や万葉集などにも材を得て、中国、朝鮮半島をはじめ大陸との交流により発展した我が国の国づくりの歴史や往時の文化・暮らしに焦点を当てたテーマ展示が楽しめます。また、遣唐使船を原寸大で復原展示。(全長30m、全幅9.6m、排水量300トン)甲板への乗船体験もできます。「大人:500円」 

※平城京歴史館は長い列、会場に着き次第整理券をもらって最後に入ることにした。また会場は広いので暑さ対策と歩き易い靴をお勧めします。万歩計は、自宅に帰って見ると2万歩を超えていました。「今日は暑さと歩き疲れで、クタクタでした。」

[ 旅と散策2010年5月15日 平城遷都1300年祭 ]
熊野三山信仰「熊野本宮大社」
紀伊山地の霊場と参詣道

7日(日)快晴。昨日は川湯温泉に宿泊し、朝早くに「熊野本宮大社」に参拝しました。2004年9月以来、二度目の参拝です。川湯温泉からは自動車で約10分、熊野本宮大社は杉の木立が生い茂った静かな森の石段を上がった所にあり、そこでお参りを済ませてから歩いて5分程行った所に、旧社殿跡地の大斎原があります。熊野本宮大社は、明治22年の熊野川の大洪水で流出を免れた社殿をそっくりそのまま移築したものです。旧社地には日本一の大鳥居(高さ33.9m、横42m)が祀られています。場所はすぐに分ると思います。

熊野詣の人々が夢にまでみた聖地
 
熊野は古くから人々の熱い信仰に支えられた聖地であり「伊勢へ七度、熊野へ三度」とさえ言われています。全国に3000社以上ある熊野神社の総本宮である熊野三山の中心として、中世より上皇貴神や庶民の参詣が多く「蟻の熊野詣」ともいわれたパワースポットです。鳥居の前に立つと、まず、大きな八咫烏 (やたがらす) の幟旗が目を引きます。八咫烏は熊野権現の使いといわれ三本足の烏です。ちなみに、日本サッカー協会のシンボルマークもこの八咫烏だそうです。

熊野三山信仰は、熊野本宮大社(本宮町)熊野速玉大社(新宮市)熊野那智大社(那智勝浦町)

[ 旅と散策2010年2月7日 熊野本宮大社 ]
ならまちの中にある「元興寺」
興福寺の参道から猿沢の池のほとりをぶらり歩いて数分南下すると、あまり観光客には知られていない世界遺産の元興寺があります。

極楽坊本堂(国宝)

6世紀末、蘇我馬子により建立された日本最古の寺といわれる法興寺(飛鳥寺)が平城遷都により奈良に移り、元興寺と名を改めた。現存する建物は僧坊遺構の極楽堂と禅室のみで、ともに国宝。極楽堂と禅室屋根の一部には飛鳥時代・奈良時代の瓦が構造材にも当初のものが今もなお使われており、収蔵庫には様々な国宝や重文が保存されている。 
1998年12月、古都奈良の文化財として世界遺産に登録された。「拝観料:大人400円」

ならまち(奈良町)は、ほぼ全域が元興寺の旧境内にあり、狭い街路は江戸時代以降の町屋が数多く建ち並び、マップ片手にならまち周辺を散策する。 
[ 旅と散策2009年10月 元興寺 ]
お堂でみる阿修羅
興福寺国宝特別公開2009
東京・福岡で公開された国宝阿修羅像の帰還を記念する「興福寺国宝特別公開2009・お堂でみる阿修羅」が、10月17日からはじまりました。通常は国宝館に展示される阿修羅像をはじめとする八部衆・十大弟子像の現存する天平乾漆像14躰すべてが仮金堂に安置されています。本尊の釈迦如来像(江戸時代)の前で見るせいか、阿修羅像は思っていたより小さく感じました。(像高153.4cm)

天平の美少年「阿修羅立像」

早速、10月18日(日)天平文化を代表する国宝の群像を見ようと朝から出かけましたが、会場の仮金堂を取り囲むように拝観者の長い行列、仮金堂内の阿修羅像の前は、大勢の人々で混み合っていて、前の人がなかなか動かない。結局のところ遠くから眺めることしか出来なかった。仏像ブームで阿修羅の表情に魅了されて釘付けになっているのでしょう(最近は仏像好きの女性のことを「仏女」と呼ぶほどブームになっているようですね)。直立する八頭身のプロポーションで細身の美少年は、3つの顔と6本の手を持ち微妙に違う表情を見せてくれます。正面顔は憂いを含み、左顔は怒りに下唇を噛み締め、右顔は耐え忍ぶ表情です。普段はガラス越しにしか見られない、お堂でみる阿修羅と同じ空間で、同じ空気を共有することができました。


興福寺・北円堂

同時公開の国宝・北円堂は養老4年(720年)に亡くなった藤原不比等の菩提のために、元明太上天皇と元正天皇が建立を発願し、長屋王に命じて一周忌にあたる翌年の8月3日に完成させた。八角堂は廟堂としての意味をもつ。 その後焼失したが、1210年に復興された。興福寺伽藍で今も残る堂宇の中で最も古い。北円堂内は、国宝・弥勒如来坐像運慶作(鎌倉時代)、国宝・無箸菩薩立像 (鎌倉時代)、国宝・四天王像 (木心乾漆造、平安時代:791年)も安置されています。仏師・運慶の傑作とされる無著・世親両菩薩像(国宝)公開。「拝観料大人:1500円」

[ 旅と散策2009年10月18日 興福寺・阿修羅立像 ]
平城遷都 1300年「薬師寺・唐招提寺」
秋の気配を感じる
今朝、自転車で通勤していると、秋風に乗って運ばれた金木犀の甘い香りが漂ってきました。9月27日 (日) 今日は朝から絶好の行楽日和。午前中で用事を済ませて、古都奈良の世界遺産を訪ねることにした。2010年、奈良は建都1300年を迎えます。

平城遷都 710年に移築「薬師寺」 

昼食後、自宅を出発して京奈和自動車道に入れば、30〜40分で、奈良「薬師寺」に到着しました。薬師寺専用の駐車場「有料:500円」。電車は:近鉄奈良線 難波駅、または近鉄京都線 京都駅から快速急行または特急で大和西大寺で乗り換え。各駅停車天理行きまたは橿原神宮前行きに乗車。「西ノ京駅」下車すぐのアクセスが便利です。

薬師寺は法相宗の大本山です。天武天皇により発願(680年)、持統天皇によって本尊開眼(697年)、更に文武天皇の御代に至り、飛鳥の地において堂宇の完成を見ました。その後、平城遷都(710年)に伴い現在地に移されたものです。薬師寺の伽藍は独特のスタイルから「薬師寺式伽藍」と呼ばれております。現在は平成10年よりユネスコ世界遺産に登録されています。 
住所:奈良県奈良市西ノ京町457  TEL:0742-33-6001 
「拝観料、白鳳伽藍・玄奘三蔵院伽藍共通券大人:800円」
[ 旅と散策2009年9月27日 薬師寺 ]

鑑真和上ゆかりの名刺「唐招提寺」

唐招提寺は、南都六宗の一つである律宗の総本山です。多くの苦難の末、来日をはたされた鑑真大和上は、東大寺で5年を過ごした後、新田部親王の旧宅地(現在の奈良市五条町)を下賜されて、天平宝字3年(759年)に戒律を学ぶ人たちのための修行の道場を開きました。
「唐律招提」と名付けられ鑑真和上の私寺として始まった当初は、講堂や新田部親王の旧宅を改造した経蔵、宝蔵などがあるだけでした。金堂は8世紀後半、鑑真和上の弟子の一人であった如宝の尽力により、完成したといわれます。現在では、奈良時代建立の金堂、講堂が天平の息吹を伝える、貴重な伽藍となっています。 

住所:奈良市五条町13-46 TEL:0742-33-33-7900 
「拝観料:大人800円・駐車場:500円」
[ 旅と散策2009年9月27日 唐招提寺 ]

注>私は、薬師寺のパンフレット表紙(勝間田池からの薬師寺遠望)の撮影場所を駐車場で聞き向かいましたが、続けて「唐招提寺」にお参りするのであれば(薬師寺〜唐招提寺までの 500m程の距離)、そのまま薬師寺の駐車場に停めて行くと良いと思います。唐招提寺にも駐車場がありますが…
太古さながらの大自然が息づく屋久島
大型SWシルバーウィーク 5連休 

日本エアコミューターが、9月1日より大阪国際空港 (伊丹空港)〜屋久島空港間の直行便を就航して便利になり、屋久島空港まで90分で到着。SWは樹齢千年の巨木の屋久杉に魅せられ屋久島へテイクオフ。

4日間の屋久島旅行の初日は、伊丹国際空港13:15発、屋久島空港にはPM3時着、ホテルにチェックインし、明日のトレッキングに備えて周辺を散歩する。途中ハプニングが発生、カメラのレンズが突然動かなくなった。湿度の関係なのか? 急遽カメラ店を探したが修理不能でデジタルカメラを購入することにした。写真を撮らなければ、ここ屋久島に来た意味がない…。今夜は明日のトレッキングに備えて、服装と装備のチェックを済ませ、早めに就寝した。

悠久の森と海へ

屋久島は、本土最南端・鹿児島県佐多岬の南南西約60km海上にある、面積約504K屐⊆囲約132kmの島です。平成5年12月に我が国では初めて島の面積の約20%の地域がユネスコの世界自然遺産として登録されました。九州最高峰の宮之浦岳(1.936m)や推定樹齢7200年ともいわれる縄文杉をはじめ、亜熱帯から亜寒帯までの多様な植物がひとつの島に存在する、たいへん貴重な自然を有した島です。また、屋久島南部の尾之間、平内、湯泊には温泉もあります。

もののけ姫の舞台となった苔むした原始の森を歩く

旅行2日目。白谷雲水峡コース(中級)8:00出発〜17:00 帰着と縄文トレッキングコース(上級)早朝5:00出発〜18:00帰着の2コースがあったが、体力を考えて白谷雲水峡コースを選択した。持参する装備品は、行く前に買ったトレッキングシューズ (運動靴ではなく、山登り用) とレインウェア (上下に別れた物)、リュックにお弁当とスポーツ飲料(500mlを1本)、軍手などです。沢のせせらぎを聞きながら、苔むした緑の森で一日ゆったり歩くコースです。 

白谷雲水峡入口到着AM9:00(協力金300円自己負担)、まずはトイレを済ませて、準備体操をしていよいよ出発です。憩いの大岩⇒飛竜落とし⇒さつき吊橋⇒楠川歩道(江戸時代の伐採の歴史を残す)⇒くぐり杉⇒白谷小屋(トイレ休憩)⇒七本杉⇒もののけ姫の森(苔に覆われ特に緑の濃い場所、映画「もののけ姫」のモデルとなった森です。)⇒辻峠⇒昼食⇒標高約1,000m太鼓岩(濃霧のため絶景のパノラマを見ることができなかった。) 帰りのコースは雨と霧のためにコース短縮⇒白谷小屋(トイレ休憩)⇒二代くぐり杉⇒楠川歩道⇒二代大杉⇒白谷雲水峡入口に戻るPM4:30。 

※白谷小屋の無人トイレでは、くみ取り式し尿は昨年3月まで穴を掘って埋めていましたが、水質の悪化など環境への影響が懸念されている問題の対策として、し尿を登山口まで人力運搬する業者へこの費用として協議会は昨年4月から登山者に一口500円の山岳部保全募金を募りました。だが、これまでに集まった金額は1200万円で、目標額4000万円の3割にとどまる。全量搬出できないため、多くをこれまで通りトイレの近くに埋めて処理しています。環境省はゴールデンウイークの5月2〜5日、登山者に有料で携帯トイレを配布、し尿を回収する取り組みを試験的に行っています。

樹齢千年以上の杉が屋久杉 

標高600〜1000mに位置する白谷の森は、照葉樹林(常緑広葉樹林)から屋久杉の森への移行帯にあり、変化に富んだ森のありさまをゆっくりと見るには良い場所です。屋久島随一の深いコケの森をゆっくり歩き、あちこちに流れる沢の渓流美も楽しめるツアーです。途中ヤクシカに出会うことができました。サポートしてくれるガイドさんは、素敵な同行者でもあり、ガイドさん1人で8名のツアー客を案内してくれます。8名の中で男性は私一人だけ、このツアーは女性に大変人気があり女性一人で来られる方も多いようです。

1ヶ月に、35日雨がふる島 

屋久島は沿岸部の亜熱帯から山頂部は冷温帯までの多様な気候をもたらし、平地では年間4,000仭宛紂∋劃塞瑤任惑間10,000个發留を降らせます。

 白谷小屋を過ぎると急に雨が降りだした。辻峠の先で、自然の岩の下でお弁当を広げて食べる。ガイドさんが森の中を流れる沢の水で沸かしてくれた熱いお茶と黒砂糖のおかげで、びしょぬれの身体も一息ついた。帰りのコースは水量も増し足元に気を取られていたせいか左膝が痛み出した。今日に備えてスポーツジムのウォーキングマシンに登り勾配をつけて1ヶ月前から鍛えていたのですが… 

雨降りでカッパを着ると歩きづらく、軽いリュックとは言え、ずぶぬれの体は重たく感じる。足元は平坦な道ではなく、岩がゴロゴロして木の根っこがむき出し、膝の痛みに踏ん張りが利かない、さすがに歩くのに悪戦苦闘した。しかしコースを歩き終えて、充実感と達成感を味わえて気持ちが良かった。この後ホテルまでバスで約1時間、今夜はゆっくり湯船に浸かり、疲れをとって明日はレンタカーで温泉と海を巡る島一周のドライブです。

今回、初めてトレッキングツアーに参加して、大自然に触れてちっぽけな自分を感じました。マイナスイオンをいっぱい吸って、日々のストレスを解消して元気になって戻ってきました。明日から仕事を頑張るぞ!

[ 旅と散策2009年9月18日 屋久島・白谷雲水峡 ] 
緑の絨毯を敷きつめた苔寺「西芳寺」
気軽に参拝できません

7月19日(日)。梅雨時の三連休に、世界遺産「西芳寺」別名「苔寺」にお参りしました。予約が必要とのことだったので、希望日 18,19,20日で2週間前に申し込んでいました。当日は梅雨の曇り空、朝10時までに返信はがきを持って早めに自動車で到着し、周辺の道路沿いの駐車場(3時間:1000円)に停めることが出来た。西芳寺は鈴虫寺の先にあり参拝客も多く、嵐山方面(阪急電車沿い)に向う道路周辺は駐車場が少ない。 

※西芳寺には駐車場はありません。朝早めに出かけないと駐車場は空いていません。公共機関 (電車・バス) の利用をお勧めします。


車を停めた後、鈴虫寺方面にテクテクと歩くこと、約15分で「西芳寺・衆妙門」前に早めに着き、門前でしばらく待っていると15分前に開門した。返信のはがきを提示して入門し10時に全員が揃うまで待合所で待機、意外と多くの参拝客の多さに驚いた。まずは本堂内で般若心経を僧侶と一緒に3回、その後坐禅和讃を唱え、護摩木に願い事「無病息災」書いて本堂に供えてから庭園の説明を聞いて各自で散策します。

「お参りから散策まで約1時間」梅雨時の苔は一段と美しい。約120種類の苔が庭園を覆い、木々に苔が巻きついて、まるで緑の絨毯を敷きつめたよう、ちょうど見頃を迎えていました。

西芳寺は奈良時代、行基の開創と伝えられる古刹で、暦応2年(1339年)に夢窓国師が復興。庭園(特別名勝)は、上下二段構えで、上の枯山水と下の池泉回遊式で黄金池は「心」の字を描き、日本庭園に大きな影響を与えてきた。寺宝として夢窓国師像(重文)が所蔵されている。庭園内の茶室・湘南亭は、重要文化財に指定されています。 

拝観は予約制
西芳寺のお参りをするには事前に予約することが必要です。申し込み方法は、往復はがきに希望日・人数・代表者名(住所・氏名)を書き、希望日の7日前までに必着のこと。 

住所:京都府西京区松尾神ヶ町56 TEL:075-391-3631 「冥加料一人:3.000円」
[ 旅と散策2009年7月19日 苔寺・西芳寺 ]
ブナの森を「白神山地」トレッキング
明日から8月、梅雨も明けそうです。

旅行4日目は“やっと”晴れ間が覗く好天に恵まれました。今回の東北旅行の一番の目的は、世界自然遺産「白神山地」の代表的なトレッキングコースを歩いてみることです。旅行日程の1日を割き、雨具なども用意して楽しみにしていました。旅行社にお願いして「ガイドと歩く世界自然遺産白神トレッキング」オプションツアーを企画しました。
「写真は、日本の滝100選くろくまの滝」 

青森県弘前市側西目屋村から入ればもっとも近いエリア「アクアグリーンビレッジANMON」に、1時30分前に集合。全行程徒歩、約5.6km3時間半のトレッキングコース)ブナ林散策道⇒暗門の滝(第三の滝、第二の滝、第一の滝)。ところが前々日に宿泊の旅館に旅行社から電話が入り、「暗門の滝入り口付近の橋が大雨で流されて、トレッキングは中止」とのことでした。楽しみにしていたオプショナルツアーが行けなくて ”残念”今度、白神山地を訪ねる機会があれば是非行ってみたいです。

十二湖の「青池」に感動!

そこで、4日目の旅行コースを急遽変更して、男鹿半島から日本海沿岸を走るJR五能線と平行に(国道101線)北上する。途中JR五能線「十二湖」駅前の県道から白神への村道に入ります。「十二湖」は、広大なブナの森に点在する33の湖沼が、大崩から見ると12個見えることから名付けられました。その中でも十二湖の代名詞とも言える「青池」は、青インクを流し込んだような美しさで、水中に枯れたブナが横たわる静寂の池には感動しました。

世界自然遺産 「白神山地」マザーツリー

散策を終えて「不老ふ死温泉」で身体の汗を流し、ついでに昼食も済ませた。深浦市を右折して、道なき道を約1時間走行、まるでラリーのようです。“やっと“ 日本の滝100選「くろくまの滝」に到着。その後も細い悪路を進むこと約1時間「津軽峠」に到着。ここで「マザーツリー」を見物して、白神ラインを通り約 30分で「アクアグリーンビレッジANMON」到着した。一路弘前城へと…

白神山地は、青森県南西部から秋田県北西部にまたがる130,000haに及ぶ広大な山地帯の総称です。このうち原生的なブナ林で占められている区16,971haが、1993年12月に世界自然遺産として登録されました。ブナ林には動物のエサとなる植物が豊富で、国の天然記念物のクマゲラやイムワシなど学術的にも貴重な動物が生息しています。

[ 旅と散策2009年7月11日 白神山地 ]
世界遺産「本願寺」
27日(土)。今週は各地で梅雨に入りました。春から夏にかけて季節の変わり目に体調を崩しやすく、身体がだるくて憂うつな気分が続いています。気晴らしに休日は好きなカメラを提げて京都に出かける事にしました。「本願寺」へ行き、帰りはスポーツジムで汗を流しストレス解消になりました。

阿弥陀堂と御影堂

本願寺は堀川通に面して広がる浄土真宗本願寺派の本山です。正式には龍谷山本願寺と言い、一般には西本願寺とも呼ばれています。浄土真宗は、鎌倉時代の中頃に親鸞聖人(1173から1263年)によって開かれました。本願寺の境内(史跡)に一歩入っただけで阿弥陀堂(本堂)、御影堂(大師堂)の両堂をはじめ、唐門や書院、飛雲閣など国宝や重要文化財の建造物は、華麗な桃山文化の粋を伝えています。平成6年12月(1994年)に世界文化遺産に登録されました。

阿弥陀堂は、宝暦10年(1760)再建。東西42m、南北45m、高さ25m。中央に本尊阿弥陀如来の木像、左右にインド・中国・日本の念仏の祖師七師と聖徳太子の影像が安置されています。御影堂は、寛永13年 (1636) 建立。東西48m、南北62m、高さ29m。現在、平成23年の親鸞聖人750回大遠忌に向け、10年間にわたる大修復工事を行っています。

唐門と飛雲閣

唐門 (国宝) は、桃山時代の豪華な装飾彫刻を充満した檜皮葺き・唐破風の四脚門で、伏見城の遺構。彫刻の見事さに日の暮れるのを忘れることから "日暮らし門" とも呼ばれています。飛雲閣 (国宝) は、金閣、銀閣とともに京都三名閣の一つ。秀吉が建てた聚楽第の一部で、三層からなる楼閣建築です。境内の東南隅にある滴翠園に建つ飛雲閣は、三層柿葺の楼閣建築で、聚楽第からの移築と伝えられており、外観は、唐破風や入母屋など変化に富んだ屋根を巧みに配し、左右非対称の妙を保つ瀟洒な傑作建築です。一階は招賢殿や八景の間、舟入の間などからなり、二階は歌仙の間と呼ばれ36歌仙が描かれており、三階は摘星楼で、星を摘む楼閣という綺麗な名が意を得ています。(非公開)

また、経蔵に納められている「大蔵経(一切経)」は天海僧正の開版されたもので、寛永12(1635)年、江戸の寛永寺で発起し、12ヵ年をかけて完成しました。天海版または寛永版とも称されます。幕府の要請と本願寺第 13代良如宗主の希望により慶安元(1648)年9月に銀27貫目で購入されました。

住所:京都市下京区堀川通花屋町下ル TEL:075-371-5181 
[ 旅と散策2009年 本願寺・西本願寺 ]
元離宮「二条城」
桜とともに春を楽しむ
関西地方では、大阪造幣局の通り抜けの桜の名残を惜しむ、最後の締めです。今年も桜前線を追いかけて、宮崎県・飫肥城、大阪城、彦根城など、お城には満開の桜の花が良く似合いますね。また鹿児島県では、知覧特攻平和会館までのちらほら咲きの桜並木もやがて満開に桜の花が咲き誇る。若くして桜のように散っていった特攻隊員の遺書や手記に、感慨ひとしおでした。桜は日本人の心をなぜか和ませてくれます。 

二の丸御殿

今年の桜の開花時期の予想が早まり、寒の戻りで開花が例年通りになり、好天のお花見を楽しむことが出来ました。京都・堀川通りの二条城の東南隅櫓と東大手門前は良く通りかかるのですが、桜の時期ははじめてです。10日(金)平日なのに駐車場は、観光バスやマイカーで混雑していた。二条城の枝垂れ桜と八重桜は見頃を迎え満開です。 


二条城は、慶長8年(1603年)、徳川将軍家康が、京都御所の守護と将軍上洛のときの宿泊所として造営し、3代将軍家光により、伏見城の遺構を移すなどして、寛永3年 (1626年) に完成したものです。豊臣秀吉の残した文禄年間の遺構と家康が建てた慶長年間の建築と家光がつくらせた絵画・彫刻などが総合されて、いわゆる桃山時代様式の全貌を垣間見ることができます。

徳川家の栄枯盛衰のみならず、日本の歴史の移り変わりを見守ってきたお城です。旧桂宮御殿を移した本丸(重要文化財)と豪壮な二之丸御殿(国宝)からなり、二之丸御殿の絢爛豪華な建築と狩野探幽ら狩野派による障壁画は目をみはる。城内は史跡、二之丸庭園は特別名勝に指定されています。内堀南側の「桜の園」や北側の「清流園」などにサトザクラやヤエベニシダレなどが咲き競い、庭園には椿や梅など四季折々に様々な花が咲きます。 

住所:京都市中京区二条通堀川西入二条城町541番地 TEL:075-841-0096 
「入城料:一般600円」 [ 旅と散策2009年9月10日 元離宮・二条城 ]  
宇治川さくらまつり
川面に映える美しい桜
花見頃を迎えた宇治川沿いの桜が満開の5日(日)。昨日、宇治川さくらまつりに行って来ました。宇治川の両岸には2000本余りの桜の花が美しく咲き誇っており満開!宇治川沿いと宇治公園中の島では桜祭りが行われ、テントの飲食店や多彩なイベントが繰り広げられ、桜の下では青いビニールシートを広げて花見の宴が所狭しと催されていました。 

枝垂れ桜(宇治川しだれ)

ソメイヨシノ・枝垂れ桜(宇治川しだれ)・ボタンサクラなど様々な種類の桜を見ることが出来ました。また、宇治と言えば宇治茶が有名です。京阪電車「宇治駅」から府道京都宇治線を北へ200m行った所にある、宇治茶「伊藤久右衛門」のお店の茶房人気 No1の抹茶パフェを食べに行ったが1時間待ち、結局は抹茶アイスを食べながら、お土産は抹茶大福を買って食べることにした。濃厚の抹茶あんに包み込んだお餅の味は絶品でした。

[ 旅と散策2009年4月5日 宇治川さくらまつり ]

宇治上神社(世界遺産)

平等院の宇治川を挟んだ対岸にある朝日山の中腹にある神社。明治維新までは、隣接の宇治神社と二社一体で「離宮上社」と呼ばれていました。祭神は、応神天皇とその皇子菟道稚郎子(うじのわけいらつこ)及び兄の仁徳(にんとく)天皇とされています。境内の正面の拝殿(国宝)は、鎌倉初頭のもので、寝殿造りの様相を伝えています。本殿(国宝)は、平安時代後期に建てられた、現存するわが国最古の神社建築である。

三棟の内殿を一列に並べて、共通の覆い屋で覆った特殊な形式の建物、左右の社殿にある蟇股(かえるまた)も、その建築年代を推量するものとして重要である。

境内にはその他、鎌倉時代に建てられた春日神社(重文)などの摂社や、清水がこんこんと湧き出る宇治七名水のひとつ「桐原水」がある。現在は飲み水としては利用できない。宇治がお茶で栄えた理由の一つに宇治は名水に恵まれていたことがあげられる。宇治川の中州塔の島では、期間中鵜飼いを見ることもできる。平等院と合わせて源氏物語の世界を満喫できる所である。

住所:京都府宇治市宇治山田59 TEL:0774-21-4634 
京阪電車宇治線「宇治駅」下車徒歩 10分。境内自由
[ 旅と散策2009年4月5日 宇治上神社 ]
五箇山 相倉合掌作り集落
旅行2日目(土)。朝6時に起床、一番の露天風呂に浸かり温泉三昧です。今日の天気予報は晴れのち曇り。朝食は囲炉裏を囲み箱善にアジの開きを炭火で焼いて頂くと食欲が進む。大牧温泉の大牧発9時40分の朝一番の船で小牧まで… 今日の観光コースは、世界遺産の五箇山「相倉合掌作り集落」へ…

日本の農山村の原風景の合掌造り集落 

相倉集落は庄川からやや離れた段丘上に位置し、北東にゆるく傾斜する細長い台地に広がっています。この集落にある32戸の住宅のうち20戸が合掌造り家屋となっています。今もゆるやかな時を重ね続ける相倉の集落は天然のブナ林に囲まれています。集落の多くの住民が田畑を耕し農作物を育て、その一方で民宿を営んでいます。
相倉の合掌造りは、100年〜200年前に建てられたものが多く、中には400年も前の合掌造りもあります。ここにいると、山里のぬくもりを感じる懐かしい風景に出会うことができ、ゆったりと時間が過ぎていくように感じられると思います。

茅葺の合掌造りの民家を見ながら散策し、駐車場の案内板に5分登った高台に、集落の全体が見渡せる写真撮影スポットがあるとのことで撮ってきました。11月19日のテレビニュースで今年、相倉集落に雪が積もった様子が放映されていました。雪の造形美もまた格別です。

住所:富山県南砺市(旧東砺波郡平村)「 駐車場:500円 」集落保存協力金。
[ 旅と散策2008年11月15日 五箇山・相倉合掌造り集落 ]
勇壮な伝統行事「鹿の角きり」
2010年の平城遷都1300年祭 

13日(月祝)。古都奈良の伝統行事奈良公園の「鹿の角きり」に行って来ました。自宅を出て京奈道路を通り奈良公園まで約30分、奈良県庁の駐車場「駐車料金1日:1000円」春日大社参道を通り鹿の角きり場へ… 11時過ぎ既に長蛇の行列が出来ており、どうにかぎりぎり(定員500名)で入場することが出来ました。11:30より安全祈願祭執行後、12時角きりの行事がはじまりました。「入場料大人:1000円」

今回のもう一つの楽しみは、TVチャンピオンの餅つき大会で優勝した、お馴染みの三条通り商店街(猿沢池の近く)にある名物「中谷堂」の高速餅つきです。餅つきがはじまると「ヨッオッ」「ハイヨッ」と掛け声を合わせて餅をついて返す。店の前は黒山の人だかり、よもぎ餅がつきあがると、一斉に歓声と拍手がわきあがる、まさに高速餅つきショータイムです。美味しそうなので、お土産に買って帰る事にした。「 粒餡入りで、1個:130円 」 

古都の秋を彩る勇壮な伝統行事

古都奈良の秋を彩る鹿の角きりは、はちまきに、はっぴ姿の勢子たちが、角鹿を3頭を角きり場に追い込み「十字」(割竹を組み、縄を巻き付けた捕獲具)を使って、荒々しく走りまわる鹿の角に縄をかけ、これをたぐりよせ、あばれる鹿を捕りおさえます。烏帽子、直垂姿の神官が、鹿の気を静めるため水を含ませ、のこぎりで角を切り、神前に供えます。角の枝数は年齢により変わり、最多で三又四先、大きさは8歳〜12歳頃が最も大きくなります。

鹿の角きりの歴史
鹿の角きりは、角鹿が町民に危害を与えたり、互いに突き合って死傷したりすることが多かったため、寛文11年(1671年)に、当時鹿の管理者であった興福寺が、奈良奉行の立合いのもとではじめたと伝えられています。当時は、町民が家の格子(鹿格子または奈良格子とよばれる)ごしなどから鑑賞できるほど、町の所々で行われていましたが、昭和3年に、今の角きり場を設け、年中行事として開催されるようになりました。明治・昭和の戦乱期に一時中断されることもありましたが、現在まで継承されている伝統行事です。雄鹿にとって大切なシンボルである角を切ることはとても残念なことですが、奈良の人々と鹿の共生の中で生まれた、古都奈良ならではの伝統行事です。

2008年度の「鹿の角きり」は、10月11日(土)12日(日)13日(月祝)
時間、12:00〜15:00(開場11:30〜安全祈願祭執行後、角きり行事開始)

[ 旅と散策2008年10月13日 春日大社・鹿の角きり ]
歴史とロマンあふれる「石見銀山」
7日(日)。9月から10月にかけて3連休が三度も続きましたが休日忙しく“やっと”6〜8日にかけて三連休が取れた。旅行2日前4日(木)駅前の旅行社へ行き、2007年7月に世界遺産になった「石見銀山」と「温泉三昧」の旅行を企画し、島根県山陰路の「玉造温泉」の旅館7日宿泊が取れました。

江戸時代の面影を残す町並み

天気予報は、7日は晴れ後曇りで8日は雨なので、6日の夜中に自動車で出発することにした。

中国自動車道「三次IC」⇒浜田自動車道⇒山陰自動車道、途中SA・PAで仮眠を取りながら… 「寝不足と運転の疲れ、車中では寝返りがうてないので腰が痛い!痛い!」約2時間仮眠できた。(片道走行6時間余り、今回の旅行の総走行距離は約900km) 

石見銀山遺跡とその文化的景観は、2007年7月にユネスコに登録されました。朝9時過ぎと言うのに観光客が押し寄せ、自家用車や観光バスが駐車場に溢れ、大町地区の武家屋敷、商家、町家などの町並みを見学しながら、羅漢寺(五百羅漢)まで散策した。

羅漢寺(五百羅漢)

羅漢寺(五百羅漢) へ、宝暦年間に造られた真言宗のお寺で、崖をうがって造った石窟と向かい合っています。銀山で亡くなった人々の霊を供養するために25年かかって代官や代官所役人、領内の人々の援助によって石窟内に石造の五百羅漢500体を納め、その維持のために羅漢寺を建て、石橋などを築いたとされています。銀山公園前バス停で「龍源寺間歩」行きのバスに乗ります。(バス運賃:200円)


石見銀山遺跡「龍源寺間歩」

江戸幕府の財政を約300年にわたり支えてきた石見銀山、最盛期には20万人もの人がシルバーラッシュに沸いたといわれています。銀山は静かに時を刻んでいます。横穴式の「龍源寺間歩 (まぶ)」とは、銀を採掘する坑道のことをいいます。間歩跡が、一般公開されているが273mの坑内の壁面にノミの跡が生々しく残り、かつての繁栄を語りかけてくるようです。代官所経営の五ヶ山の一つです。間歩は600以上あるといわれています。

※石見銀山の有料5施設「石見銀山資料館」「熊谷家住宅」「旧河島家」
「五百羅漢(羅漢寺)」「龍源寺間歩」 が対象施設です。
大人通常価格:2.100円が1.500円、小・中学生通常価格1.000円。
[ 旅と散策2007年10月7日 石見銀山
慈照寺「銀閣寺」
21日(祭・水)。今日は絶好の行楽日和です。
京阪「出町柳駅」下車、京阪バスで銀閣寺道で下車して、銀閣寺参道を徒歩10分。春の温もりを感じましたが、途中の桜並木のソメイヨシノのつぼみはまだ固い、桜の見頃は3月末? 哲学の道は花見客と観光客で大変な混雑が予想されるので、一足先に「春の特別公開」に訪れました。

銀閣と向月台

銀閣寺は、足利8代将軍義政が、祖父の義満が建てた金閣寺(鹿苑寺)にならい、隠居生活を過ごすために文明14年(1482年)に山荘東山殿を造営。この東山殿が「銀閣寺」の発祥、銀閣寺は俗称であり、正しくは東山慈照寺です。

銀閣寺の見所は、銀閣(観音殿)と、日本最古の書院造りで、国宝に指定されている東求堂庭園(特別名勝)です。中国の西湖を模して白砂を段形に盛り上げた銀沙灘や、義政が月見を楽しんだという向月台が残っています。1994年(平成6年)世界遺産条約に基づく世界文化遺産に登録。
青空の下、本堂に腰掛けて庭園を眺めていると、目にまばゆいほどの白砂と緑のコントラストが美しく、何となく心が癒されました。また、展望所からは銀閣寺境内や京都市内が一望できます。

住所:京都市左京区銀閣寺町2 TEL:075-231-0301 「参拝料大人:800円」
[ 旅と散策2007年3月21日 銀閣寺 ]

法然院

銀閣寺の総門を出て「法然院」を訪ねる。「徒歩10分」法然上人がかつて草庵を結んで念仏修行をした旧跡に、延宝8年(1680年)智恩院門主・万無上人が寺を建立しました。

茅葺の三門をくぐると参道の両脇に砂盛(白砂壇)があり、砂の上に描かれた文様は水の流れを表し、間を通ることで身を清めると言われています。本堂には、恵心僧都作の阿弥陀如来像と法然上人木像が安置され、境内には谷崎潤一郎など有名人の墓も多い。普段は静かな寺ですが、紅葉の時期ともなれば観光客で混雑します。また椿の名所としても有名です。「境内拝観は自由」

住所:京都市左京区鹿ヶ谷御所ノ段町30番地 TEL:075-771-2420 「入山料:無料」
[ 旅と散策2007年3月21日 法然院 ] 
初春の風物詩「初弘法」
初弘法さんに行ってきました。

1月21日(日曜日)。京阪電車「丹波駅」で乗り換えて、近鉄電車各駅停車「東寺駅」下車すると、改札から東寺に向う人の波が途絶えることがない…( 西徒歩5分 )弘法大師(空海)ゆかりの京都の東寺では、今年初めての縁日「初弘法」が開かれた。当日は日曜日と穏やかな日と重なり、境内は通勤ラッシュような人混みで身動きが取れないほど大勢の参拝客で賑わっていました。(日曜日が重なったのは6年振り、例年より人出が多い)

当日は大宮通りの東門から入る一歩通行になっており、総檜皮茸の太師堂(西院御影堂)毘沙門堂、食堂(じきどう)金堂とお参りし、線香の煙を身体の悪い箇所に当てて良くなるようにお祈りしてきました。屋台で買った「きんつば」や「鯛焼き」を食べながらお店を見て歩くのも楽しみのひとつです。帰りは南大門を通り抜けます。

この日の「初弘法」と、12月21日の終い弘法は盛大に行われ、東寺の境内の内外では1200軒余りの露天が軒を連ね、植木(園芸)、特産品、古着品、衣料品、骨董品、陶芸品、鯛焼き、たこ焼き、飲食店等の屋台が所狭しと立ち並んでいます。

東寺(教王護国寺)

平安京遷都(延暦13年・794年)の際に正面入り口の羅生門を挟んで延暦15年(796年)に東西に建立された寺院の一つで、またの名前を左大寺ともいいます。西寺(右大寺)も建立されていたと伝えられていますが、現在は東寺しか現存していません。当初の目的は左京、更には東国の鎮護を目的としていましたが、弘仁14年(823年)に嵯峨天皇が空海に東寺を勅使したことから真言密教の根本道場の意味合いを持つようになりました。

この寺の正式名称は「教王護国寺」であるが、通称名である「東寺」のほうが一般にはよく知られています。

住所:京都市南区九条町1 TEL:075-691-3325 境内自由
[ 旅と散策2007年1月21日 新春の風物詩・初弘法 ]
広島は、ええとこじゃけぇ
広島に行く3日前、インターネットで予約可能な広島のホテルの空室情報を見ていると、インターネット特別プランに空室があった。早速、Web上で宿泊の予約を入れる。「広島プリンスホテル」広島には仕事で何度か行ったことがあるが、ゆっくり観光や美味しい生カキ(10月〜3月まで味わえる)や広島風お好み焼きを食べる機会がなかった。

12月2日(土)〜3日(日)片道350km、山陽自動車をゆっくりと5時間余りのドライブの旅。広島にある2つの世界遺産「平和記念公園の原爆ドーム」と「安芸の宮島」途中、呉市「大和ミュージアム」に立ち寄り、平和記念公園を見学して、夕方ホテルにチェックイン。
翌日は、山口県岩国の「錦帯橋」から、広島県に戻り「安芸の宮島」へ… 全行程の走行距離850辧

平和記念公園「原爆ドーム」

1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分。原子爆弾が炸裂したのは、広島県産業奨励館から南東約160メートル、建物は爆風と熱線を浴びて大破し天井から火を吹いて全焼。ドーム鉄骨部分がむき出しの残骸と化し、いつからともなく市民の間で「原爆ドーム」と呼ばれるようになりました。
1966年、広島市は原爆ドームの「永久保存」を決定し、いく度かの募金活動と保存工事により、今日に至っています。1996年(平成8年)12月、世界文化遺産へ登録されました。広島平和記念資料館「入館料大人:50円」 
駐車場は平和記念公園周辺にたくさんあります。「30分:200円」

[ 旅と散策2006年12月2日 原爆ドーム ]

日本三景「安芸の宮島」

松島、天橋立と並ぶ日本三景のひとつ「宮島」は、神の島として古来、人々の信仰を集めてきました。フェリーからは、海に浮かぶ大鳥居に迎えられ、宮島桟橋に到着すると神の使いの鹿の多さにびっくり! 

宮島には厳島神社のほか歴史的建造物や原始林に覆われたやじ弥山など、見所がいっぱいです。また紅葉の美しい所としても有名で、一番の名所は紅葉谷公園です。広島名物として知られる焼き立ての「もみじ饅頭」香ばしい匂いが漂う「焼きカキ」昼食に「穴子飯」が、楽しめるお店が軒を連ねています。当日、厳島神社で結婚式があり、優雅な舞楽を鑑賞することが出来ました。

[ 旅と散策2006年12月3日 安芸の宮島 ]
法隆寺
日本最初の世界文化遺産

澄み切った秋空、21日(土)。日中の気温は25℃を超え汗ばむ陽気になってきた。奈良県北西部に位置し、斑鳩の里にある法隆寺は、飛鳥時代の姿を現在に伝える世界最古の木造建築として広く知られています。法隆寺は聖徳太子が建立された寺院として、1400年に及ぶ輝かしい伝統を今に誇り、1993年12月には、ユネスコの世界文化遺産のリストに日本で初めて登録されました。

参道は松並木が続き、両側にはお土産屋・飲食店が建ち並んでいます。「駐車場は1日:500円」正面の南大門をくぐり境内へ、青く晴れ渡る秋空と西院伽藍の全景が目に飛び込んできます。中央の「中門」の左右には仁王像、五重塔と金堂が並び建ち、大講堂をつないで回廊が囲んでいます。境内では、ボランティア・ガイドの説明に聞き入り、1400年に及ぶ、法隆寺の歩んだ道のりがうかがえました。

西院の回廊を出ると、鏡池のそばに正岡子規の俳句「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」の石碑があります。大宝蔵院の百済観音像を参拝して、夢殿に向かう途中に建っているのが「東大門」、西院伽藍から東院伽藍への観光客が多く往来する参道にあります。東大門の檜柱に落書き事件があったのは記憶に浅い。

また法隆寺は奈良県定番の観光スポットで、小学生の頃、遠足で来た記憶が蘇ってきました。リックサックにお弁当、おやつ、ビニールシート、肩からは水筒をぶら下げて、半世紀前になるかな? 「参拝券大人:1000円」で、西院伽藍、大宝蔵院、東院伽藍(夢殿)が参拝できます。

住所:奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1-1 TEL:0745-75-2555
[ 旅と散策2006年10月21日 法隆寺 ]

旧百円札の図柄「聖徳太子と夢殿」

法隆寺東院伽藍の中心となる八角円堂。行信僧都が聖徳太子の冥福を祈るため、739年(天平11)に建てたといわれる。屋根の宝珠と露盤が五重塔初層西面の舎利塔に似ているところから、聖徳太子の廟ではないかという説もある。約1時間半の観光を終えて昼食、お買い上げ1500円以上で駐車代金が無料になった。

[ 旅と散策2006年10月21日 法隆寺・夢殿 ]
合掌造り集落をめぐる
旅行最終日も好天に恵まれ、飛騨「白川郷」と「五箇山」めぐり
日本の原風景を残す昔ながらの集落をのんびりと散策する。

世界文化遺産「白川郷」

飛騨高山から西へ50km車を走らせると、白山の山並みが迫り庄川の上流にでます。その山々に囲まれた里に大小合わせて、110棟以上の合掌家屋が庄川河畔に沿って並んでいます。「駐車場:500円」に車を止めて、地図を見ながら村内をのんびりと散策。

合掌造りは、豪雪で暮らす人々の知恵が生みだした家屋で、萱葺き切妻造の大家屋は3〜4階、積雪を防ぐため約60度の急勾配の屋根からなり、屋根の茅は50年に1度の葺き替えが必要です。(お互いの屋根の葺き替えを手伝う「結」の制度があります。 ) 

現存する合掌造りの最古は約400年の歴史があり、国の重要文化財に指定されています。この白川郷には独特の文化や民俗芸能なども数多く残されています。高台にある荻村城跡展望台から美しい風景が一望でき、緑の山々と水田に点在する茅葺の屋根を眺めていると、時間がゆっくりと流れ、毎日の忙しさが嘘のように思われます。(冬の合掌村集落のライトアップも見逃せません)

[ 旅と散策2006年8月14日 白川郷 ]

五箇山「合掌の里」

富山県南砺市相倉にある合掌造り集落です。現存する合掌造り家屋は20棟で江戸時代に建てられた家が多いようです。富山県の南西部の白山山系の北端に位置する五箇山は、砺波平野とは急峻な山地によって隔絶され、東西を山々が取り囲んでいます。現在、上平、平、利賀の3村地域を総称して「五箇山(ごかやま)」と呼んでいます。赤尾谷、上梨谷、下梨谷、小谷、利賀谷の5つの谷間に集落があることから「五ケ谷間」を「ごかやま」と呼ぶようになったとか?

[ 旅と散策2006年8月14日 五箇山 ]
知床観光船とネイチャーガイドと歩く
2005年7月に「世界自然遺産」に登録された知床。日本では、屋久島と白神山地に次いで3番目の登録地となりました。陸だけでなく、海岸線から3km沖までが登録されていることからも、人を寄せつけない深い森林と恵みをもたらす海の自然が世界的に認められたことがわかります。

知床世界自然遺産

北海道の東北端にある知床半島は長さは約65辧∈任睇の広いところで25辧⇔臆山(1563m)に、羅臼岳(1661m)など、その裾は高い断崖が広がり船上からゆっくり望めます。当日は晴天に恵まれ、知床観光船オーロラ号で、硫黄山航路1時間半の知床半島クルージングを楽しんだ。海岸線は荒波と流氷に削られた断崖絶壁で、たくさんの滝や奇岩、そして多くの動物が住んでいます。

天然記念物のオジロワシやウミウ、ヒメウ、エゾシカ、ヒグマなどが現れるそうで、知床岬の沖へ出るとイルカやシャチ、クジラ、アザラシに出会うこともあるそうです。またオホーツク海にそそぎ込むフレペの滝、カムイワッカの滝、サケ・マス孵化場のある岩尾別川河口もあり、船上から知床半島の大自然を満喫した。[乗船料金大人:2700円]

[ 旅と散策2006年7月11日 知床半島クルージング ]

オロンコ岩

乗船までの待ち時間にオロンコ岩に登る。先住民族「オロッコ族」から、この名がついたといわれています。ウトロ港近くにある、高さが60mもある巨岩で、170段あまりの急な石段を上っていくと頂上に着き、頂上からは岩礁が透けて見えるほど青く澄んだオホーツク海やウトロの町並み、知床連山などが360度見渡せ、ホームページの写真もここから撮影した。オロンコ岩のトンネルを抜けると「ウトロ地区公設駐車場2時間:400円」

羅臼岳

知床半島はアイヌ語で「地の果て」を意味し、その連山の最高峰が羅臼岳、夏も雪渓が多く残り、雪解けの早い場所から多彩な高山植物が咲き乱れるお花畑は7月下旬が見ごろだ。天気の良い日は山頂から望む大パノラマは遠く国後島が見えるとの事。知床峠に向かう途中に知床横断道路上に、キタキツネ現れる!観光客が与えるお菓子に寄って来るそうです。世界自然遺産の生態系に異変を及ぼします、絶対動物に餌を与えてはいけません。(ネイチャーガイドの注意事項)

知床五湖(一湖・二湖散策)

旅行最終日はあいにくの曇り空のち雨、ネイチャーガイドと歩く知床五湖とフレペの滝。知床自然センターから遊歩道を歩いて片道20分程でフレペの滝、別名「乙女の涙」といい、ホロホロと涙をこぼすように流れ落ちるというのでこの名が付いた。高さ200mあまりの断崖からしみだした水が海へと注いでいる。フレペとはアイヌ語で赤い水の意。また知床五湖とは深い原生林に抱かれた溶岩台地にある5つの小さな湖の総称を言う。遊歩道をめぐり、一湖〜二湖を散策。( 最近クマが出没し他の湖は閉鎖していた。)世界自然遺産の知床五湖の観光を終えて、昼食は地元の海の幸いっぱいの海鮮丼を頂き、一路「女満別空港」へ向かう!

[ 旅と散策2006年7月16日 ネイチャーガイドと歩く、世界自然遺産 ]
知床の滝
日本の世界遺産最高峰の羅臼岳を中心に頂く知床半島は、手つかずの姿を残しています。人を寄せつけない断崖絶壁に囲まれ奥深い樹林が広がり、まさに秘境と呼ぶにふさわしい最果ての地で、2005年に世界自然遺産に登録されました。海にそそり立つ知床半島の断崖に、知床連山から流れる落ちる河川がオホーツク海にそそぎこむ滝の数々は、さすがダイナミックでスケールもデッカイ!

カムイワッカ湯の滝

カムイワッカの湯の滝は全国的に知られた秘湯です。知床半島の中央にある活火山の硫黄山から流れ出る温泉の川で、海岸までの連続した滝になっています。温泉好きには有名な滝で、夏には滝壷の温泉に入るために多くの人が訪れます。また下流にある、絶壁から直接海に落ちる滝がカムイワッカ湯の滝です。(知床観光船からご覧いただけます。)当日はカムイワッカ湯の滝へのシャトルバスは明日からの運行で行けなかった。( 注意、今年は、熊がよく出没しています。)

フレペの滝

フレペの滝へは、ネイチャーガイドと自然の中を歩く… 知床自然センターから遊歩道を歩いて片道20分程で、フレペの滝を眺める展望台につきます。フレペの滝には川がなく知床連山に降った雪と雨が地下に浸透し、垂直に切り立った約100mの断崖の割れ目から流れ落ちています。ホロホロと流れ落ちるさまが涙に似ていることから、地元では「乙女の涙」という愛称で親しまれています。対岸の絶壁には海鳥が飛び交い、ウトロ灯台もあります。

オシンコシンの滝

日本の滝100選や知床八景にも選ばれている高さ80mの滝で、知床半島の名瀑のひとつです。途中から流れが2つに分かれていることから「双美の滝」とも呼ばれています。滝の中ほどの高さまで階段で上がることができ、幅広い岩肌を豪快に流れ落ちる滝は、なかなか迫力があります。また、滝の上にある展望台からはオホーツク海や知床連山を遠望することができます。(国道334号沿い、斜里〜ウトロ間)

[ 旅と散策2006年7月11日 知床の滝 ]

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